慶應義塾大学医学部生理学教室内のMusashiグループは、RNA結合蛋白質Musashi(22,30,31)についての研究を行うグループです。Musashi蛋白質は種を超えて高度に保存されており、主に神経系前駆細胞に強く発現しています(4,7,9,13)。最近では、神経系のみならず、多くの臓器・組織の幹細胞に発現していることが明らかとなっています(4)。現在、ほ乳類Musashi1(30), Musashi2(22), ショウジョウバエMusashi(31)が関係する発生現象、標的RNAに対する発現制御・機能制御、およびMusashiが強く発現する幹細胞の性質究明に興味を持って研究を進めています。
図1.Musashi蛋白質はショウジョウバエの遺伝学的スクリーニングにより、初めて発見されました(31)。ショウジョウバエMusashiは、神経系前駆細胞の非対称性分裂に必須な遺伝子として同定され、IIb細胞においてtramtrack69遺伝子の翻訳を抑制し、IIb細胞の運命決定していることが明らかとなっています(16, 31)。 |
当研究グループには、これまでに多くの学生(博士課程、修士課程)・研究員が参加し、OB・OGを多く輩出しています。また、他大学・慶應義塾内の研究者との交流を行い、多くの共同研究が行われてきました。現在も、蛋白質構造解析、再生医療関連など多岐にわたる研究者の方々と共同研究を進めています。
図2. a.種を超えてMusashi蛋白質は存在し、ファミリーを形成している。b. Hu蛋白質ファミリー。 c. マウスMusashi1のRRM2の溶液中立体構造(京大・片平正人博士、横浜市大・永田崇博士との共同研究(11, 25, 29 |
当研究グループは、Musashi遺伝子(ショウジョウバエ、線虫、ほ乳類)のクローニング(22,23,30,31)、神経系幹細胞における発現の発見(30)から始まり、世界で初めてヒトの神経幹細胞の存在を示した発見(27)につぎ、Musashi蛋白質の標的となる配列同定(8,9)、下流標的遺伝子の翻訳抑制の発見(16,17)、RNAとMusashi1複合体の構造解析(共同研究)(11, 25, 29)、PABPとeIF4Gの結合を競合的に阻害することで翻訳抑制を行うことの発見(7)、ガン細胞(脳腫瘍)におけるMusashi1蛋白質の発現解析(共同研究)(20,21)、Musashiの新規標的RNAの探索(6)、musashi mutant fly(16,26,31)、ノックアウトマウスを用いた遺伝学的解析(3,15)、などのMusashi蛋白質について多くの研究成果をあげてきました。現在も上記の成果についてさらに理解を深める研究、またはそれらに続く新しい研究課題を進めています。
図3.下流標的遺伝子の一つとして同定されたm-numb(17)、doublecortin(6)遺伝子の翻訳をMusashi1は抑制することが明らかとなっている。他にも、p21 (Battelli et al., 2006)、APC(Spears and Neufeld, 2011)の翻訳を抑制することが他のグループにより報告されている。 | 図4.mRNA上の3’-UTRに結合したMusashi1がPABPに結合することでeIF4G-PABP間の結合を阻害し、5’-cap依存的な翻訳をRNA選択的に抑えていると考えている(7)。 |
最近、musashi1遺伝子の転写制御機構に関する新規知見を論文発表いたしました(1)。神経幹細胞に発現しているmusashi1遺伝子の発現を促進する転写因子、転写制御を受けるDNA領域についての発見であり、神経幹細胞の性質を規定する転写制御の理解を深める成果であると考えています。また、ES細胞由来のレチノイン酸誘導EB細胞を用いてLin28のmiRNA生合成阻害機能をMusashi1が協調的に促進することで、結果的に初期神経細胞の分化に関与することを発見し、論文発表いたしました(2)。
図5.Musashi1は、Lin28の核内移行を促進することで、Lin28によるmiR98のcropping過程を阻害することを明らかにしました(2)。Musashi1は細胞質に多く局在することが明らかとなっていますが、核細胞質間のMusashi1のshuttlingがLin28の機能増大効果に必要であると考えられ、Musashi1が核内に移行するメカニズムの詳しい解明が課題として残されています。 |
昨年、Musashi蛋白質が急性白血病の原因となり得るという発見が報告されました(Ito et al., Nature 2010; Kharas et al., Nat. Med. 2010)。さらに、Musashi蛋白質は血液系だけでなく、消化器系、乳腺などの癌細胞発生・増殖に関与していることが明らかとなってきています(Sureban et al., Gastroenterology, 2008; Wang et al., Mol. Cancer, 2011)。当研究室としては、正常細胞としての幹細胞におけるMusashi蛋白質の役割、癌細胞(癌幹細胞?)におけるMusashi蛋白質の役割において違いの有無に興味があるところです。当研究グループにおいても、脳腫瘍細胞におけるMusashi蛋白質の役割について研究を進めており、今後成果を発表する予定です。他にも、Musashi蛋白質は特定miRNAの機能発現の制御に関与していること明らかとなっており、現在、神経発生・分化および癌発生にも絡む広い視野で研究を進めています。